米帝覇権戦略の挫折と転換

2010年米国防計画の見直しを読む

早川 礼二

 

 2月1日、米帝の覇権戦略の転換を示す二つの重要な報告書が発表された。クリントン政権下の1997年から始まり、ブッシュ政権下の2001年、2006年に続いて4回目になる「4年ごとの米国防計画の見直し報告書」BDMRである。もう一つ「核戦略態勢見直し報告書」NPRはオバマ政権内の深刻な意見対立(ホワイトハウスと国防総省が(1)抑止力維持のための代替核弾頭開発を続けるのか(2)核の先制不使用を宣言するのか−という点で対立)が伝えられ、公表が先送りされている(3月1日現在)。この二つの報告書から、米帝の一極覇権戦略の挫折と多極化の流れの中でのオバマ政権の新たな覇権戦略を読み取ることができる。まだ未確定の要素も多いとはいえ、このQDRに示された米帝の新たな覇権戦略が、鳩山新政権による防衛計画大綱の改訂作業と、11月の日米首脳会談で確認し合うとされる「日米同盟の深化」の内容を枠付けることになる。

 

  QDR2010の特徴

 

(1)   QDR2010の構成は以下のとおりとなっている。

国防戦略 DEFENSE STRATEGY 5

戦力バランスの再構成 REBALANCING THE FORCE 17

軍人・家族の支援 TAKING CARE OF OUR PEOPLE 49

関係強化 STRENGTHENING RELATIONSHIPS 57

任務遂行上の方法論の再構成 REFORMING RISK MANAGEMENT FRAMEWORK 89

防衛上のリスクマネジメント A DEFENCE RISK MANAGEMENT FRAMEWORK 89

  二番目の項目「戦力バランスの再構成」が全体の4分の1の30頁を占めている。これまでは「米軍再編」でTRANSFORMATIONがよく知られているが、REBARANCINGという見慣れない単語がキーワードになっている。

 まず目を引くのが、第三項目の「軍人・家族の支援」だ。兵士の健康維持を戦略の柱に掲げざるを得ないのが、米軍の現実だ。というより、This is truly a wartime QDR .(ゲーツ国防長官の序文)The united States remains a nation at war.(本文)と記述されていることが、これまでのQDRにない大きな特徴といえる。アフガン、イラクへの侵略戦争の泥沼からどのように脱却するか、これを最優先事項とせざるをえないということだ。QDRと同日に発表された予算教書でも、アフガンとイラクの戦費が増加に転じ、国防費が前年度比7%増となっている。また、犠牲が増え続ける中で、米軍兵士の病弊も深刻化し、例えば、米軍の発表によれば、昨年1年間の米陸軍内の自殺者が160人に達し、調査を始めた80年以来の最悪となり、本年1月からも増え続けている。 

(2)   DR2010の第二の特徴は、「二正面戦略は時代遅れだ。」(2月1日記者会見)というゲーツ国防長官の発言に象徴される、従来の「不安定の弧」の西と東(イランと北朝鮮?)を想定した二カ所の大規模な紛争に同時に対応できる戦力配置と装備を目指す伝統的な「二正面戦略」の転換だ。これは一昨年来のリーマンショックに端を発した金融恐慌に起因する財政上の問題と泥沼化するイラク・アフガン対策を優先せざるを得ない事情が関連している。「主な脅威」として「非国家主体」を想定し、@アルカイダ、タリバーンAネットワークにおけるサイバー攻撃を挙げ、対テロ・ゲリラ・サイバー攻撃を重視している。これはブッシュ政権下のQDR2006にも示された方向だが、QDR2010でさらに鮮明になった。

(3)第三の特徴は、「二正面戦略」と一体の「前方展開する米軍(基地)はもはや聖域ではない」とし、さらに中国とインドの台頭を挙げ、「複雑で不確かな情況に直面している」と米軍の優位性の低下を指摘、「米国は安定した国際社会の体制を一国では維持できない」と率直に吐露している。

このことと関連して、従来の仮想敵国である中国について、09年12月時点でのQDR草案では「潜在的に敵対的な国の攻撃抑止」として中国を北朝鮮・イランより前に例示していたが、最終報告では中国の脅威の記述を大幅に削減し、軍事交流を重視する姿勢の強調へ転換している。

鳩山首相の施政方針演説があった1月29日に、オバマ政権は、ブッシュ前政権からの懸案課題である台湾への武器供与決定を行った。総額64億ドル(約5800億円)にのぼるが、売却対象は地対空誘導弾派取り夫3(PAC3)114基と多目的ヘリ・UH60ブラックホーク、対艦ミサイル「ハープーン」12基などであり、台湾当局が強く求め、中国政府が最も強く警戒してきた新型F16戦闘機の売却は今回見送られたほか、ディーゼル潜水艦の設計図も対象外にするなど、中国政府への配慮も見せたと報道されている。またQDRと同時に公表されたBMDR弾道ミサイル防衛報告書でも、ミサイル開発を進めるイランと北朝鮮を脅威と位置づける一方で、中国やロシアとの協力強化を提唱している。(2月1日朝日新聞)

4)第四に、空軍の縮小(戦闘攻撃飛行隊、航空戦闘飛行隊、航空戦闘飛行隊、爆撃攻撃飛行隊、指揮管制飛行隊)、と新部隊創設(航空宇宙部隊オペレーションセンター大隊)に言及していることに注目しよう。昨春に米軍から日本政府に打診があり日本側(自公政権)が断ったと報道された三沢基地のF16戦闘攻撃飛行隊、嘉手納基地のF15航空戦闘飛行隊の撤退も現実化する可能性がある。

米軍再編問題については、「普天間」への具体的な言及はなく、「在日米軍の長期的プレゼンスと、グアムをこの地域の安全保障上の拠点に変えることを保障する米軍再編ロードマップの日米合意を日本と共に引き続き遂行する。」と記述されているのみである。これは米軍再編の狙いが「在日米軍の長期的プレゼンス」と「グアムの拠点化」にあることを端的に述べたものだ。すでに宜野湾市の伊波洋一市長が米軍の公表文書を綿密に分析して結論付けたように、沖縄の海兵隊はすべてグアムに移駐することになっていた(「米軍のグアム統合計画 沖縄の海兵隊はグアムへ行く」高文研2010)。それが自公政権の意向と防衛利権が絡んで、いつのまにか辺野古への新たな巨大軍事基地の確保が既成事実化され、「グアムにも辺野古にも」となって今日に至っている。絶対に許すことはできない。普天間基地は「移設」ではなく「即時閉鎖」しかないのだ。

 

日米安保体制の飛躍的強化・拡大を許すな!

 

 QRD2010は、米帝の単独行動主義−「一極覇権戦略」の挫折と転換を示すものであり、同盟国−とりわけ日本・韓国との連携強化の強調もその流れにある。在韓米軍の削減や戦時作戦統帥権の委譲(2012年)、日本の自衛隊も含めた共同作戦体制の強化もその一環であり、「日米同盟の深化」に込める米帝の狙いもそこになる。

 1月12日にハワイで日米外相会談が開催され、「日米同盟深化」のための協議プロセスを介しすることで一致した。19日いは「2+2」が開かれ、安保改定50年の日米共同声明を発表した。そこでは「日米安保体制は、引き続き日本の安全とともにアジア大平洋地域の平和と安定を維持するために不可欠な役割を果たしていく」とされ、「中国が国際場裡に於いて責任ある建設的な役割を果たすことを歓迎し、日本及び米国が中国との協力関係を発展させるために努力すること」が強調された。28日からはグレグソン米国防総長次官補(アジア・大平洋安全保障問題担当)が訪日し、沖縄などを精力的に回った。2月1日、QDR2010と合わせてMD見直し報告書BMDRが発表された。また、米予算教書が発表され、イラクとアフガン戦費の増加が明らかになった。2日、外務、防衛両省の局長級による安全保障恒久事務レベル協議(SSC)を外務省で開き、4日、キャンベル米国務次官補(東アジア・大平洋担当)が、民主党幹事長・小沢一郎と会談し、5月連休の訪米談を要請したと伝えられた。

 防衛大綱の年内改定に向けて、16日に首相の私的諮問機関「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」の設置が発表され、18日に第1回会合が開かれた。「自公政権下で設置された懇談会のメンバーも入り、政権交代による方向転換を感じさせない人選となった。」(毎日新聞)と指摘されるとおり、懇談会委員や専門委員には中西寛・京大大学院教授、加藤良三・前駐米大使などが再任された。「自民色排しアジア重視」(朝日新聞)とも伝えられているが、昨年の8月4日に麻生政権の下で提出されたミサイル防衛の対米協力を前提に、集団的自衛権の行使容認や武器輸出三原則の見直しを求める報告書がどこまで変わるのかを注視する必要がある。6年前の現防衛計画大綱の策定時にも懇談会報告は「武器輸出三原則の緩和」を提言し、これを受ける形で当時の自公政権は外国への武器輸出禁止を見直し、ミサイル防衛システムの日本製関連部品の米国向け輸出に踏み切った経緯がある。懇談会の報告書は、7月に提出が予定されている。25日には、日米の外務・防衛当局により「思いやり予算」を巡る協議が開始された。来年3月で特別協定が期限切れを迎えるためだ。

 本年11月は、11付き1314日のAPEC首脳会議を頂点に、日米首脳会談、米中間選挙、沖縄県知事選挙、G20金融サミットと重要な政治日程が目白押しであり、年内には安保懇談会報告を受けた防衛計画大綱の改定、中期防衛力整備計画策定がある。折りしも、安保改定50周年の節目の年である。「日米同盟の深化」という名の日米軍事再編、日米安保体制の飛躍的な強化拡大の策動を絶対に許してはならない。

 鳩山新政権が自公政権と変わらぬ「日米同盟の堅持」をお題目のように掲げ続ける限り、QDR2010に示された米帝の新たな覇権戦略の枠内で動揺し続けるであろうし、軍事植民地状況からの脱却を求める沖縄人民の闘いに敵対せざるを得ない。沖縄の声に背を向けて普天間県内移設に踏み切るならば、鳩山政権は手痛いしっぺ返しを食らうであろう。「普天間即時閉鎖」「高江・辺野古新基地建設阻止」の闘いは、沖縄に矛盾を押しつけて成立し存続してきた日米安保体制の根幹に突きつけられた刃だ。これに真正面から応え、沖縄の自立解放闘争連帯、日米軍事同盟粉砕、日本国家解体、環太平洋東アジア人民連帯の闘いを断固として押し進めよう。共に闘わん

 

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