生協運動は再生するのか?

大杉仁一郎

 

 私はとある生協に勤める労働者で、労働組合の活動家の一人だ。

 生活協同組合は株式会社と異なる出自を持つ。19世紀にはイギリスのロッジデール公正開拓者組合といわれる協同組合が成立した。

 それは階級闘争のさなかに誕生した。当時、いわゆる生産手段の工場、機械など富を生む手段をすべて資本家階級が独占する中、生産手段を持たない労働者は厳しい長時間労働と人体に危害を及ぼしかねない危険な職場環境のもとで働かされていた。協同組合は資本主義社会にかわる社会を創造する武器として編み出されていった。

 日本の生協運動の父と呼ばれる賀川豊彦は生協、当時の呼び方をすれば消費組合を社会変革の武器と位置付けていた。彼は「人に頼まないで自分が商売をなし、人を疑う必要ががないように、損得関係を離れて商売しようと云うのが消費組合である。(中略)自分の様な考えを持っている者を千人なり二千人なり集めてその組合で種々な必要な物を一緒に買入れたり、また必要品を一緒に製造しようと云うのが消費組合の趣旨である」と述べている。

 また、彼は「自由組合論」では「消費組合を造ることによって、商業的資本主義は暴力革命を用いらずして倒すことが出来る筈である」と述べ、さらには「我らは生産者組合即ち労働組合を作って、工業的資本主義を倒す必要がある。即ち消費者組合と生産者組合はギルド精神によって今日の資本主義的自己中心の社会組織に代わって世を支配せねばならぬ」とも述べている。こうした思想は日本における生協運動の源流である。(注)

 

 今日の生協運動

 

 私は大学時代に学生運動を経験し、資本主義に違和感を持った。通常の株式会社で利潤をひたすら追求する働き方をしたくなくて、協同組合に就職した。

 しかし今の協同組合がおかれた状況は、資本主義に代わる新しい社会を創造しようという志が語られる事は少ない。生協の全国組織である日本生活協同組合連合会(以下日生協と略記)の06年度方針の中で余剰人員対策を正面にした人件費削減の徹底、とりわけ正規職員を中心とする余剰人員対策の実行が必要だと記載されている。

 かつて生協では地域の消費者が班と呼ばれる数人のグループをつくり、小品を一か所に届けるという共同購入が事業の柱であった。しかし今の生協事業の中では個人宅配と呼ばれる一人一人の自宅まで商品を届ける事業が主流である。個人宅配は共同購入より効率が劣りコストがかかるため、商品代金の他に個配手数料とよばれるものを別途集め、事業が成立している。この個配手数料は少しずつ下がってきている。同じ県内で複数の生協が存在し、手数料値下げ競争が続いてきたからである。10年春にはユーコープという生協の事業連合が個配手数料のさらなる値下げに踏み込んだ。

 この手数料値下げ競争は、スーパーで人件費切下げを目指し、正社員を減らし、非正社員に頼る構造転換を図っているのと似ている。生協の資本への同質化と言える。

 

 新自由主義への加担

 

 1996年に日生協の見解として「消費者優先の経済社会目指して−規制緩和に関連して」という文書が出された。ここで競争政策の強化、公的規制と産業保護の見直しなどが掲げられている。「競争力の弱い産業は公的規制で保護するのでなく、競争環境の整備を図り、産業の自立を図る」とし、農産物価格支持制度の見直し・撤廃も述べられている。規制緩和、新自由主義路線が展開されている。

 資本への同質化は商品政策にも表れている。それは食のグローバル化の推進だ。08年に生協で取り扱っている中国産のギョーザで中毒事件が発生した。この社会的背景には中国における無権利な低賃金労働があると言われている。

 競争激化から、より低コストで商品を生産し、価格競争力が求められる。生協も事業体という性格から競争から逃れられない。競争激化は商品に価格競争力を強制する。さらに食のグローバル化が進むという構図。それが生協においても食の海外依存を生んでいる。最近、こうした路線への反省が見られ、国産原料の商品化威喝、地産地消、食糧自給率の向上など路線変更する所が増えている。しかし今の生協運動では大競争時代などの情勢、外部環境に受動的にいかにうまく立振る舞うか?が重視されている。それは厳しいコスト削減を目指す競争の中、労働者に犠牲を押し付け、生き延びようとする資本家達に似ている。生協は巨大なものとなったが、社会運動という原点を見失いつつあるかも知れない。では生協は社会運動の一つとして再生しうるだろうか?今日の生協運動は事業高が前年比割となり危機的状況だ。これは日本で格差が広がり、階級社会としての性格を強めているがゆえである。かつて新自由主義に加担したつけを今、支払わざるを得なくなったと考える。今後、生協運動は自分が立脚する基盤である組合員の暮らしがが格差社会の広がりの中で危機に瀕しているかもしれないという事に目をむけるべきではないだろうか?

 

 労働組合の役割

 

 生協の職場においても貧困、格差の問題は無縁ではない。生協でも競争に生き残るため、正規職員採用を抑え、パート、アルバイト、契約職員、覇権職員などいわゆる非正規雇用を増やすという手段がとられがちだ。生協の職場における格差問題を解決するのに労働組合が大きな役割を持っていると言えるだろう。生協の労働運動がこれまでの生協運動が新自由主義に加担する歴史をたどっていったことを批判的にとらえ返し、職場の内外において格差の打破、貧困との闘いという課題と生協運動とを結びつける時、それは生協運動の再生への道を切り開くのではないか? それは革命運動、階級闘争にも大きな意味を持つと思う。

〈注〉以前本誌掲載の賀川豊彦に関する論文につき賀川を賛美しすぎとの批判を頂いた。確かに賀川豊彦は天皇制を賛美し、戦後最初の社会党結成大会で「天皇陛下万歳」と三唱する等の限界を持っていた。私も賀川の思想を全面賛美する立場ではない事を表明しておきたい。

 

民主党の個別所得補償政策について

小山 明

 

前回私は民主党の戸別所得補償政策を評価する文書を書いた。しかし早々に前言撤回をしなければならない。表1を見ていただきたい。この表に記した私の計算では1万5565円が1俵あたりの補償水準となる。

が、農水省資料「担当者説明会用資料−個別所得補償モデル対策の骨子」では、

 「a 標準的な生産に要する費用13,703円/60kg

    b 標準的な販売価格11,978円/60kg

  c 差引(a−b) 1,725円/60kg

    d 交付単価(c×530kg10a÷60kg) 15,238円/10a15,000円/10a

    (注)標準的な生産に要する費用は、米の生産費統計(全国平均)における経営費の全額と家族労働費の8割の過去7年(平成14年産から20年産)中庸5年の平均により算定した。

標準的な販売価格は、全銘柄平均の相対的価格の過去3年(平成18年産から20年産)の平均から流通経費等を除いて算定した。

となっている。問題は太ゴシックで強調した部分である。

定額部分の交付単価の基準となった1俵あたりの生産費がまるで違うのである。なぜこんな違いがでるのか。つまるところ、農水省は、生産費のうち支払利子・地代部分と資本利子・地代部分を除いた部分を「標準的な生産に要する費用」と規定していたのである。

 欧米において生産費補償という場合は当然にも、資本利子・地代全額算入生産費のことをいうのだが、そうした常識は我が国では通用しないらしい。

 

■想定補償対象は3haをこえる層

 

だが、現実の農業経営は資本利子・地代全額算入生産費によって行われる。そこで、この13,703円/60kgという単価をもとにその金額で米1俵を生産できる最小の農家規模をみると、08年の生産費で3ha〜5ha層以上にあることがわかる(表2参照)。つまり、民主党は、その規模以上の農家を実態的には補償対象として考えていると言えるだろう。

さて、ここで問題としている「平成22年度個別所得補償モデル対策」であるが、「平成22年度においては、『制度のモデル対策』として @自給率向上のための戦略作物等への直接助成、A自給率向上の環境整備を図るための水田農業経営への助成、を内容とする対策を実施し、23年度からの本格実施への円滑な移行に資する」となっているが、@について触れると、図1の通りとなる。ここで大豆についてみると、1反部あたり3万5千円の交付金額となり、これに自民党時代の遺産である経営所得安定対策による助成を組み合わせると6万2千円/10aとなる。これは、2007年度産大豆に限ってみると1反歩あたりの生産費が61,189円であることから、ほぼ生産費を補償する額となる。ただし、ここで6万2千円のうちの2万7千円には4ha以上の耕作面積という要件がつくので、当然、対象はその規模以上の農家になるということだ。

 

■まとめ

 

以上、民主党の戸別所得補償モデルプランについておおざっぱに見てき来たが、この政策も実態的には自民党の経営所得安定対策と同じく、一定規模以上の農民を対象とした政策である。勿論、個別所得補償政策には自民党の政策にはなかった一定の岩盤があり、下げ止まりがある。この点は評価してしかるべきだ。だが、この政策により自給率向上が可能かと言えば疑問だろう。岩盤を補償しながら、WTOに対しては農業の自由化をさらに進めるというのが、民主党の基本的な政策と思われる。中山間地における農業は一般的には狭隘な耕地面積のせいもあり、減反に応ずる農民層の井hりつが低く、自ら耕作できない農民は借地農業者に土地を貸して農地を維持する事が多い。こうした中山間地面積が国土の6割強をしめる日本において、減反と対の所得補償はこうした借地農を米価低落の壊滅的な影響にさらし、政策保護の対象から外す結果となる。しかも、こうした借地農業者こそが崩壊寸前の日本農業をなんとか支えてきた階層でもある。WTOの自由貿易主義を無批判にうけいれ、価格支持政策を放棄する所得補償政策は、こうした農民層をたたきつぶし、農村の荒廃を結果しかねない危険性をはらむちうことを最後に記しておきたい。(文中元号表記は引用ママ)

 

表1 資本利子・地代全額算入生産費にもとづく補償されるべき金額(円/60kg

 

米の生産費

労賃の比率(%

労賃部分80%を補

償するとした金額

2003(15)年産

\18,640

37.3

\17,249

2004(16)年産

\17,205

37.1

\15,928

2005(17)年産

\16,750

36.4

\15,531

2006(18)年産

\16,824

35.4

\15,633

2007(19)年産

\16,412

35.0

\15,263

2008(20)年産

\16,497

31.1

\15,471

通し年産平均

\16,738

35.0

\15,565

 

表2                08年度産作付け規模別米生産費

作付け規模

米生産費(¥/60kg

0.5ha未満

\25,294

0.51.0

\22,035

1.02.0

\17,636

2.03.0

\14,508

3.05.0

\13,294

5.010.0

\11,964

10.015.0

\11,130

15.0ha以上

\11,503

 

図1                   交付単価

作物

単価

10a当たり)

別途経営所得安定対策による助成

35,000

40,000

大豆

35,000

27,000

飼料作物

35,000

新規需要米(米粉用・飼料用・バイオ燃料用米・WCS用稲)

80,000

 

そば、なたね、加工用米

20,000

その他作物(都道府県単位で単価設定可能)

10,000

二毛作助成(主食用米と戦略作物又は戦略作物同士の組み合わせ)

15,000

 

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