(4面)

沖縄連帯・反安保闘争の前進のために〈序〉

相模 潤

 

 昨年の政権交代を介した沖縄人民の〈全島的闘い〉(=全民族的闘い)によって「全国民的問題」へと押し上げられた“普天間問題”は、裏切りと反動の5・28日米共同声明から鳩山退陣―菅政権への移行の中で、居直り(「多大の負担に感謝する」だと!)自民党路線への限りなき回帰(「日米同盟はアジアの安定と繁栄の土台」だと!)によって、「決着済み」として舞台裏へと追いやられようとしている。

 しかし、これこそが沖縄の蹂躙であり、沖縄に対する“構造的差別”にさらに上塗りするものに他ならないという怒りは、「県内移設を絶対に許さない」「沖縄のことは沖縄で決める」という固い意志とともに燃え上がっている。「普天間基地撤去・辺野古新基地建設反対・国外―県外移設」という〈沖縄の意志〉は、日米両政府がそれを拒絶し、足蹴にしたことに対して、「琉球弧の自己決定権」の主体的意志を背骨とした闘いへと進みだした。

 そしてヤマトにおいても、ひとたび「全国民的問題」として投げかけられた波紋は確実に広がり、「沖縄構造差別」に対する自省の念をこめた沖縄の闘いへの共感と連帯の想いもまた確実に広がっている。それは“自明の前提”“動かしようのな現実”のごとくに喧伝される日米安保への異議申し立てと一対である。

 政治局面は変わったけれども、この10カ月の間に培われたものは消されえない。闘いはまさに本腰を入れた新しい段階へと立ち至っている。

 ヤマトでの闘いのこの“本腰”のために、なにが問われていくのかを考えたい。

 私はこのことをとりわけ、70年〈安保―沖縄〉闘争を闘った“70年世代”に訴えたい。この間、530、7・4と2度の新宿でもに参加する中で、若い世代の人々が真剣に“普天間基地問題”を闘い始めていることに大変有機づけられ、今後への可能性を感じさせられた。そこには老年世代の人々も多数参加していて、いい形を見ることができた。

 しかし、70年〈安保―沖縄〉闘争を闘った“70年世代”はまだ動き出してはいないように思われる。この世代の再登場は不可欠である。そのためにこそ、私はこの論考を進めたい。

 尚、ここでは紙数が限られているために、論考の各項とその論点を簡単に紹介しておくだけにとどめたい。その全文は近日発刊の『共産主義運動年誌 No11(2010)』に掲載されるので、是非そちらを読んでいただきたい。

 

1.近―現代日本国家と沖縄・安保

 

 維新によって成立した明治政府は近代国家としての確立に際し、琉球の併合・直接支配をその礎に組み込み、そういう民族抑圧・国内植民地化を天皇制への国民統合に同化強要していく擬制的「国民」国家として出立。そして脱亜入欧=富国強兵の近代化―列強の仲間入り。

 第2次世界大戦の敗北―米帝占領下での、天皇「沖縄メッセージ」からサンフランシスコ講話条約(第2次琉球処分)・日米安保へ。天皇外交と吉田外交の二重奏=天皇制の日米安保への一体化による、日米安保の「国体」化と、そのもとで、米帝の軍事的傘下で軍事は米帝に委ね、自らは軽武装で経済第一主義でいくという吉田ドクトリン。

 

2.60年安保から70年安保へ

 

 60年安保改定―日米安保の日米安保“同盟”への改変。そのことによって日米安保は「国体」(国家精神)であると同時に権力構造としての実を作り上げていく。そしてその下で、第2の近代化=フォード主義的生産様式―蓄積体制による高度成長が全面化し、大衆消費者か糸アメリカ的生産様式が浸透することを通じて、アメリカの受容=〈脱亜入米〉。

 沖縄は米帝の軍事植民地支配下、50年代の「銃剣とブルドーザー」による土地強奪=基地拡張に続いて、60年代には基地の沖縄への移転・集中が図られ「全島基地化・無制限な自由使用」でもって、「沖縄は日米安保・極東の要石(キーストーン)」に。

 72年沖縄「返還」は、先の“沖縄メッセージ”にある「潜在的主権」の回復=「安保の要石」としての沖縄再併合という点で、そして米帝の軍事植民地支配を承認・補強するヤマトによる支配という点で、この日米安保“同盟”の成就であり、“主体化”であり、〈脱亜入米〉の成就でもあった。(一日米新時代)(その権力構造は「沖縄密約」に端的に示されている。)そしてそれがアジアに向かう姿勢の根底を形作ってもいるのである。

 

3.60年闘争―それはどのような「国民運動」となったか

 

 60年安保闘争の3つの潮流〜日帝復活阻止(ブンド)・非武装非同盟中立(社会党)・反米独立(共産党)は、沖縄を「捨て石」(=米帝の軍事植民地)としてその犠牲的基底の上に成り立っている日米安保の構造を真に批判しえたのか…。

 519を境とする民主主義擁護の国民運動への転化(「民主化独裁か」)は、占領下のの非武装化と民主化の国民的受肉化であり(岸戦犯内閣・再軍備―改憲内閣の打倒)、そういうものとして沖縄を排除したまmでの“(占領時代の影を引きずった)戦後の脱却”であり、戦後民主主義は統治体制としての55年体制へと集約。そして高度成長と大衆消費社会へ。戦後日本の「国体」としての日米安保が権力構造として実体化し、かつその社会的基盤を獲得。→沖縄及びアジアへの植民地支配と侵略戦争の戦争責任と戦後責任から逃走し、「脱亜入米」の近代化へ。

 

4.70年闘争の政治的壁とは…

 70年闘争はベトナム反戦闘争を政治基盤とし、大学闘争=全共闘運動を社会的基盤として〈安保―沖縄〉闘争として闘われた。

 ベトナム反戦闘争は米帝批判―現代帝国主義の国際的体系の批判を深化し、そこから日米安保批判へ。また大学闘争=全共闘運動は、フォード主義的生産様式―蓄積体制がもたらす科学・自動機械・分業・管理・競争・階層的差別的構造に対する告発・批判、また政治体制となった戦後民主主義の欺瞞性の告発→日米安保同盟をその社会的基盤から批判・対峙。それらを〈国家問題〉へと切り結んでいく環として、沖縄「返還」への対峙=〈政治革命〉としての対象化の課題。…以下略。

 以下は項目だけ記しておく。

 5,新自由主義・グローバリゼーションと日米安保同盟

 6,「琉球弧の自己決定権」と日米安保の向こう側

 

新たな「障がい」者制度諸施策と「障がい」者運動

北村 祐

 

(1)   はじめに

 

 昨年誕生した民主党政権は「普天間問題」で迷走をきたし、今日様々なところで「期待」を萎ませつつあるが、障がい者を巡る状況についてみてみる。昨年12月、政府は「障がい者制度改革推進本部」を設置し、その下に「障がい者制度改革推進会議」を発足させた。そこでは、「障害者権利条約」の締結に必要な国内法の整備及び「障がい者総合福利法」(仮称)などの国内法の骨格を検討することが課題とされた。この「障がい者制度改革推進会議」は、構成メンバー25人のうち半数を障がい者で構成するという、旧自公政権の下では実現されなかった「私たち抜きで私たちのことを決めるな」という当事者主体の理念に基づいたものである。

 更に、今年は「精神保健福祉法」、「医療観察法」の見直しの年に当たっている。

 

(2)「自立支援法」の「改正」

 

 「自立支援法」については、民主党政権はマニュフェストや全国の「違憲訴訟団」と全面和解し、廃止の方向が打ち出されたにもかかわらず、先の国会において、突然自公政権の時と同じ「改正案」が出され、自公と共に改正案を委員会採決、衆院でも採決し、参議院であわや成立かと思われたところで、鳩山の辞任騒動により本会議が開かれなかったために、審議未了となった。これは先の「私たち抜きで私たちのことを決めるな」という理念を、大きく踏み外すものである。「推進会議」や「訴訟団」に一切告知することもなく、これが進行していたことは大問題である。

 

(2)   「医療観察法」の危険な動向

 

 「医療観察法」は、戦後繰り返し新設の動きのあった「保安処分」の流れの中に位置づけられるものである。「保安処分」とは、行った犯罪に対する刑罰ではなく、いったん起こした犯罪をきっかけとして、将来再び起こすかもしれない危険性に対して行われる司法処分である。「精神障がい」者に対してだけなされる予防拘禁である。施行5年が経過して、現在さまざまな問題が露呈している。

 ところで、日本の「精神障がい」者がおかれている実態は異常で、今もなお病床数は諸外国と比べてずば抜けて多く(349321人、万対病床数27,36 2008.10)、平均在院日数も長く(349日)、医師や看護師の数も「精神科特例」によって、少なくともよいことが公認されている。精神科医療の「隔離・収容」の実態は今日もなお続いている。

 この「医療観察法」によって、「精神障がい」者はさらにスティグマに晒されることになった。6罪種に限って、それも病気の重さには関係なく、お金をかけ閉じ込められ、再犯防止を目的に、「精神障がい」者は危ないものなので、医療を受けなければナラナイトサレ、インフォームド・コンセントも自己決定権も認められていない。その上、地域の関連諸機関に、本法の対象者であることが晒されているのであれう。

 

(3)   「障害者解放運動の現在」―「情況」誌7月号の特集

 

 既に述べてきたように、「障がい」者を取り巻く状況は、民主党政権発足後も厳しいものがある。「自立支援法」、「医療観察法」、「障害者権利条約」の批准など問題が山積したままであるし、一方で、厚労省は5月に「新たな地域の精神医療体制の構築に向けた検討チーム」を発足させ提言を求め、4月には当事者、家族、専門家から成る「心の健康政策推進構想会議」が発足し、これまた制度改革を巡る提言がされる(「日本経済新聞」6月10日)など精神保健福祉「改革」への動きが急ピッチで進んでいる。

 このような情勢の中で、三村明著『反障害論―障害問題のパラダイム転換のために』(世界書院)が出版されたのを契機に、『情況』誌が「障害者開放運動の現在」を特集している。具体的には、「娘、星子が生まれて(最首悟インタビュー)」、「障害者権利条約のめざすもの」。「施行後5年を迎える医療観察法」。「心神喪失者等医療観察法とのたたかい」、「精神保健福祉法・強制医療の批判的考察」、「廣松渉・物象化論の反障害論」、「書評 反障害言論」である。

 今日では、「貧困」や「格差」がよく話題にされているが、「差別」が見えづらくなっている。「包摂」という言葉が当たり前に使われ、「排除」や「差別」をさらに見えにくくしている。

 このような中だからこそ、運動も大きく問われている。「障がい」者解放運動を共に闘い抜こう!

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