(3面)

「琉球弧の自己決定権」に向き合うために

沖縄県知事選・伊波洋一候補の政策理念を読む

畑中文治

 

日米同盟・終わりの始まり

 

1128日投開票の沖縄県知事選挙は、まさに激戦の真っただ中であり。その結果は予断を許さない。地元紙の報道では、現状は次の通り。告示直前の電話による情勢調査では「新人で前宜野湾市長の伊波洋一氏(58)=無所属、社民、共産、社大推薦と、現職の仲井真弘多氏(71)=無所属、自民県連、公明推薦=が横一線の激しい戦いを展開している」「投開票に『必ず行く』(84%)と『たぶん行く』(9.7%)と答え、関心の高さを示した。」(「沖縄タイムス」11月9日)。

11日の告示以降、序盤情勢については「無所属現職の仲井真弘多氏(71)=自民党県連、公明、みんなの党推薦=が一歩先行し、無所属新人で前宜野湾市長の伊波洋一氏(58)=社民、共産、社大推薦、そうぞう、国民新党県連支持=が追い上げる展開となっている」「ただ3割近くの有権者が投票する人をまだ決めていないことから、今後の情勢は流動的で、残り2週間の攻防が当落を左右する」(「琉球新報」1115日)とあり。依然として有権者の関心は高いとされている。

私たちが、伊波候補を支持することはいうまでもないが、それにとどまるものではない。立候補にあたって公表された政策理念を検討する作業を行い、そこに「琉球弧の自己決定権」を読みとることによって理解を深め、私たちの連帯運動の内実を豊富化していくことができるし必要である。選挙の結果のいかんにかかわらず、琉球弧住民の自己決定権に向き合いこれを支持し連帯する日本列島住民、なかんずくプロレタリアート人民の闘いが求められるからである。伊波候補の勝利は、日米帝国主義との対決へ進むことを意味するのだし、仮に現職・仲井真が再選されたとしても、沖縄の人々の闘いは「チルダイ」して済むという閾をとっくに越えてしまっている。したがって沖縄人民の自立解放闘争へ連帯する私たちの闘いは、日米安保体制との10年・15年戦争にならざるをえないのである。そしてこの「日米同盟」の終わりは確かに始まったのである。(伊波候補の政策理念はhttp://ihayouichi.jp/で読むことができる

 

県知事選挙の争点

 

地元紙の社説から争点を確認しておこう。「沖縄タイムス」(1111日)は「政策重点化し争点絞れ」と題して次のように述べた。

「屋良・西銘対決以来、基地問題と経済振興が二大テーマであり続けるのは、いまもって解決していないためだ。/今回も米軍普天間飛行場の移設問題が大きな争点とされている。これまで県内移設を容認してきた仲井真氏が主張を『県外』に変えたため、一貫して『圏内反対』を主張する伊波氏との違いが薄れた」「もう一つの重要テーマ『経済』は、2012年3月に期限切れする沖縄振興計画の今後を候補者がどう見据えているかだ。国が握ってきた振興策をどう沖縄版に書き換えるのか、具体的な道筋を示してもらいたい。/復帰後から続く振興策のあり方を問い直すときだ。政権交代によって国と地方の主従関係は見直され、『地域主権』の中で自己決定、自己責任が問われる時代に県政をどう運営するか論じるべきだ」。

 他方、同日の「琉球新報」は次のように述べている。まず基地問題について、「民意の変化を踏まえ、県内移設を容認していた仲井真氏は『県外移設要求と日米合意見直し』にかじを切った。その一方、政府との決定的な対立を回避するためか、慎重な言い回しで圏内移設『反対』の明言は避けている。/宜野湾市長在職中から、グアムへの移設こそが普天間閉鎖への近道と訴える伊波氏との違いを薄める仲井真氏の戦術が、有権者にどう映るか。投票行動を左右する重要なポイントとなりそうだ」「安全保障をめぐっては、仲井真氏が日米安保体制を評価し、自衛隊の先島配備を容認する。一方、伊波氏は、伊波氏は平和友好条約に改めることを主張し、自衛隊配備に反対だ」。経済・産業政策について、「次期振興計画の目標をどう定めるか。仲井真氏は沖縄21世紀ビジョンの実現を掲げ、『10年先に県民所得を全国中位にする計画をつくる』とし、所得向上を強調。伊波氏は『任期4年で観光産業収入を3800億円から6千億円にし、失業率は5%台を目標にする』としている」「暮らしと直結する福祉や医療の分野を見ると、県立病院の独立法人化と浦添看護学校の民営化をめぐり、対立軸が鮮明だ。県立病院をめぐり、仲井真氏が『徹底した構造改革が必要』とし、浦看の民営化維持も主張。伊波氏は『県としてしっかり支える』とし、採算性を重視する仲井真氏に反論している」。

 

伊波候補の政策に反映する自己決定権

 

 確かに「タイムス」が指摘するように、仲井真候補の「県外移設要求」への転換により、また伊波・仲井真、両者の次期振計への積極的な言及により「違いが薄れた」という側面はある。だが、より具体的、現実的に沖縄人民の生活に発する要求に即してみると、表面的な争点の曖昧化の印象とは相違して両者の対立は、思いのほか大きいことに気づく。キーワードはやはり自己決定権である。今でこそ沖縄の保革、左右を問わず「自立」「自己決定」は、耳障りのよい当たり前のキャッチフレーズになったかのようだ。だが日本国家の「国内平等」の建前にもかかわらず、沖縄だけが、個別地域として「自立・自己決定」を事あるごとに主張しなければならないこと自体が、〈併合・排除〉の力の存在を示している。

 その意味では、「新法」が指摘する、「日米安保評価」、「経済・産業政策」、「福祉」をめぐる立場の違いは、「琉球弧の自己決定権」を試金石にすれば、歴然としてくるのである。

 伊波さんの政策理念は、「@実現 沖縄の優位性を活かした産業振興で力強い雇用の創出へ」、「A共生 福祉のこころを取り戻し、支えあう社会へ」、「B決断 県民主体の県政をつくり、平和な沖縄へ」という3つの柱から構成されている。私たちの流儀で呼べば「生産・再生産・政治」ということだ。それぞれ特徴的な部分を紹介しておこう。

 @「生産」の分野。「生活密着型・自然再生型の公共工事や福祉、教育、環境、農業、観光を含めた雇用対策事業など『沖縄版ニューディール政策』を推進します」。

 A「再生産」の分野。「総合的な子育て支援策を新しい沖縄振興の柱にします。すべての子どもたちが健やかに育つ権利を保障するため、米軍占領による児童福祉の立ち遅れなど。深刻な子供の貧困を解決するとともに、保育所、学童児童保育所等への集中的な財源措置を国に求めます」。

 B「政治」の分野。「普天間基地の県内移設に反対し、閉鎖・返還を求めてただちに行動を起こし、普天間基地問題を決着させます。嘉手納基地の激しい爆音を解消するため戦闘機部隊の撤退を求め行動します」。

 

@は、本来の意味での新ケインズ主義的経済産業政策である。仲井真候補も、オバマの口真似で「グリーン・ニューディール」などと言っているので紛らわしいが、その性格は全く異なる。このことは、仲井真県知事が、「県立病院の独立法人化、看護学校の民営化」に示される典型的な新自由主義政策を推進していることを見れば明らかだ。

Aは新ケインズ主義に対応する新福祉社会政策であり、「子育て」・生命の再生産に重点を置いた点で優れている。@、Aともに、労働者・勤労被搾取大衆の利益を守る、みずからの宜野湾市政における経験を踏まえたリアリティのある政策が掲げられている。

仲井真候補は、これらに対応する自らの経済政策のよりどころを自らの県政のもとでまとめてきた『沖縄・21世紀ビジョン』の実現に求めているが、これはとんでもないうぬぼれであろう。この長大な報告そのものが05年に、小泉・竹中構造改革路線のもとでまとめられた『内閣府・日本21世紀ビジョン』の沖縄版に過ぎない。「これまでの振興開発計画のように『開発の目玉』となる各事業を羅列的に並べたもので、ビジョンの思想、精神というものが感じられません。/自治が全面にでてこないビジョンは絵に描いた餅に終わるでしょう。なぜ琉球には自治が必要なのかを徹底的に話し合い、計画の基礎に自治の思想をすえて、ここの具体的な政策を提示すべきであると考えます」という松島泰勝さんの批判はまことに適切なものであって、ここでいうところの「自治」こそが「自己決定権」なのである。

 

沖縄の統治と外交

 

Bは詰まるところ「安保体制」の現状への評価の問題である。普天間移設で、仲井真氏は「県外移設」を主要な政策に位置づける。両者の主張は似通っているが、仲井真陣営は伊波氏を「イデオロギーが先行している」、伊波陣営は仲井真氏を「県内移設反対を明言できていない」(「タイムス」1111日)と批判している。指摘の通り、仲井真候補の「県外移設要求」は「県内移設反対」を明確にするものではなく、それゆえに「仲井真支持」を公言した北沢防衛相をはじめとする、現在の菅民主党連立政権の期待を担うものである。他方で、そうした対政府要求の及び腰を繕おうとするのが、伊波候補への上記のような「イデオロギー先行批判」である。だが、この点については次のような興味深い報道がある。「伊波さんは、フロアから普天間の米領グアム移転の推進について『国外への移設は国対国の問題。知事の権限が及ぶ範ちゅうではない』と指摘が飛ぶと『私は安全保障の問題ではなく、人権(擁護)を標榜(ひょうぼう)する米国に人権をしっかり守っているのかと言っている』と強調。「何もしないでいることは結局は容認することになる。仲井真県政で一番悪いことは、知事自ら何もしないこと」と述べ、訪米して在沖海兵隊の撤退などを訴えた市長時代の実績をアピールした」(「タイムス」11月1日)。

まさにこの通りではないか。イデオロギーの対立がアプリオリにあるのではなく、住民の生活と人権を守るために、米軍基地や安保体制がどうあるべきなのかが問われているのだ。したがって地方自治体・「沖縄県」としての統治と外交が自己決定の実現として問われることになる。

 仲井真候補の争点隠しにも関わらず、さらに一歩踏み込めば両者の違いはより明確になる。この間「尖閣列島」をめぐる、日米軍事同盟強化、排外主義キャンペーンがそれである。政府・自治体、=日本の固有の領土」論に立っていることについては後で批判する。9月以来の中国の軍事脅威あおり、「日米安保で領土守れ」の大宣伝こそが、沖縄の日米軍事基地の維持強化のため、現状擁護の「仲井真県政」存続の援護射撃にほかならない。それはちょうど本年3月に韓国哨戒艦の沈没事件が、北朝鮮の脅威と「日米安保=抑止力」論の大宣伝となって、5・28日米合意への鳩山政権・屈服のだめ押しとなったことと同様の役回りを果たしているように見える。

この事態のなかで、陸上自衛隊の先島配備、沖縄自衛隊増強、石垣・下地島空港の軍事利用、先島港湾施設の米軍利用などが強行されようとしている。これは、国政における安保・自衛隊強化、武器輸出3原則見直しを含む2010防衛大綱策定の軍国主義突出と軌を一にするものに他ならない。現在の県政の無為無策、無気力な追認を否定し、伊波候補の平和政策は、沖縄戦に関する教科書記述など歴史の継承とともに、沖縄における米軍、日本軍=自衛隊の軍備強化を許さないものである。またこうした政策の背景には日米軍事同盟としての現行「安保条約」が、成立以来もはや50年を越え、「冷戦体制」の終焉をはじめとする世界史の変化に適合しないものとなったこと、したがってこれを「日米平和友好条約」に替えることが望ましいとの認識がある。

本稿の最後になり、また伊波候補の政策紹介の論旨とは外れるが、私たちは「尖閣」=「固有の領土」論を否定する。「尖閣」は前近代以来、その存在が、東アジアにおいては知られており、この地域における歴史的な領土観からしてこれに「無主地先占論」や、「領海200カイリ」を機械的に適用するのはふさわしいとは思えないからである。沖縄県議会決議、現在の県知事選挙両候補者の「平和的解決」の意味するところもこれであり、当該島嶼、海域を利用する国籍を問わない住民の合議と同意を、関係諸国家が保障することが重要なのである。

 

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