時代の転換と共産主義者協議会の発足

                                                            旭凡太郎(共産同プロレタリア通信編集委員会)

   1950年前後の戦後革命の敗北から1980年前にいたるまで高度成長を続け、そこで激化する過剰生産・市場再分割戦を多国籍企業化と新自由主義的労働攻勢によって延命してきたグローバル帝国主義も、ようやくその命脈がつきたようだ。金融恐慌から世界恐慌の入り口へ、あるいは泥沼的大不況へといまつき進んでいる。

まさに革命的危機の時代へ、革命と反革命の時代が始まったといえるだろう。それは歴史や物語の世界でしか知らなかった時代だ。

そして反グローバリズム運動の先がけとなったサパティスタ蜂起、アメリカ労働運動再生、フランスゼネスト、チャベスはじめ中南米左翼政権や、イスラエル占領と闘うパレスチナ人民等の国際的反グローバリズム運動に比して圧倒的に立ち遅れているとはいえ、日本でも非正規労働運動の拡大があった。そして年末〜年始にかけての年越し村の登場とその衝撃があった。

 もちろんそれはフリーター全般労組や青年ユニオン等の非正規・派遣組合の活動、コミュニティ・ユニオン等地域の活動、山谷・寿・釜ヶ崎などの野宿労働者の闘い、多くの解雇撤回・争議団、先進的な官公労や中小での非正規問題の取り組み、1047名の解雇撤回をかかげて闘い続けている国労の闘い等の社会的政治的焦点化、といったことなのだが。

 こうした闘いは国際主義・全人民的政治闘争と、社会運動ユニオニズム的労働運動を軸とした諸社会運動の発展とその交差として展開されようとしている。

 

社会運動ユニオニズムと労働者管理

 

 社会運動ユニオニズムといった場合には労働者管理といった道を内在しているとともに諸社会運動との相互関係にある。

 それは、1.社会的公正、すなわち雇用、賃金、時間、権利にわたる公正、とりわけ非正規労働や、マイノリティ、失業、貧困層の権利、均等待遇、同一価値労働・同一賃金要求ということが含まれる。2.職場の民主的規制から、産業政策、産業民主主義など。かつての三池、国労、そして今日でも日常的に行われている職場活動から、関西生コンに代表される産業政策や、蚕食組合主義(経営権の蚕食)や、自主管理までふくまれる。行政対策、リビングウェッジ、失業対策、職おこしも含まれる。3.地域、医療、住宅、障害、生活保護、最低賃金、反貧困、反失業、セーフティ・ネット等。4.それぞれの全ての領域、現場での運動の展開、要求型反乱型運動の展開と合流ならびに社会政治問題化といったことを意味していると考えられる。

 それらは戦後革命期に支配階級が統治能力を失い、資本家階級が自身を失ったときに、日本労働者階級がとった生産管理闘争の独自性、インパクトをひきついでの、職場闘争、職場民主主義・支配権や労働者統制等を継承するということでもある。

 しかし他方、日本的年功的労働支配下露呈した欠陥(とくにそれは1970年代、80年代の日本労働運動の未曾有の敗北として結果した)への批判としても登場した均等待遇要求、同一価値労働・同一賃金要求、下層労働者の要求、失業・野宿労働者の反乱、反貧困の運動の表現でもある。

 

全人民的政治闘争と自己権力

 

 他方、全人民的政治闘争は、市民社会その総括としての国家権力とその軍事・治安・官僚機構との直接的闘いを意味している。すなわち、反戦や日米軍事同盟・安保・基地との闘いや改憲・実質改憲・海外派兵との闘いや沖縄闘争、反天皇、治安機構との闘い等として一連の体系を構成している。

 そしてブルジョア市民社会の総括としての軍事官僚機構・国家権力は同時に諸社会階級階層に対する経済政策・社会政策の体系でもある。それは直接的な大小ブルジョアジーの要求の体現のみでない。農民、被差別階層、貧困・失業者等の運動に対し、資本の価値増殖のため資本主義的労働生産性とその労働秩序へと組み込むたことを通しつつ「解決」しようとする機構でもある。

 そして例えば帝国主義の市場再分割戦や、工業製品輸出や、開発のため犠牲にさらされようとする農業・農民と社会運動ユニオニズムが連帯しようとするとき、それはこうした農業政策との闘いでもあり、あるいは資本による生産性基準のための階層的差別的排除的な労働・労働力の編成や、そのための地域・学校・家族制度へ向けて障害者政策があるとき、障害者運動との連帯はこうした政策・制度との闘いでもあり、最低賃金、生活保護、諸セーフティネットでももちろんである。

 沖縄処分から基地化との闘いと、沖縄の自決、自立との連帯といったこともそれに連なっている。ただし戦争は相手国の侵略・殺戮ということでも人々の生命・生活・財産・権利の簒奪(戒厳等)という意味でも治安機構とともに国家権力の核心をなす。

 こうしたブルジョア市民社会の総括であり、軍事・治安・階級対策としてある軍事官僚機構としての国家権力に対する全人民的政治闘争は、社会運動ユニオニズムの発展としての労働者管理と結合することによって「自己権力」「ソビエト」へと転化する。

 

革命政党と労働者革命家

 

 こうして資本とその労働過程に拘束されつつ、多様な社会運動ユニオニズムの労働運動や、社会政策・経済政策や、治安・軍事機構に対し戦略戦術的判断力を持ちかつひるむことない大量の労働者革命家、労働者出身の革命家の登場が要請されている。あるいはそうした人々が次の時代の党形成の中心を担ってゆくものと考えられる。比喩的に言うならば、かつて大昔・新左翼発生期は全学連・街頭運動・その出身者が中心になって党形成の中心を担ってゆくであろうということである。

 そうした担い手は、今日の非正規労働者の若い層にもあるし、各党派にもいるし、あるいは党派から離れて長い間労働運動を担ってきた人々の中に層として存在している(そうした人は党派経験や、街頭・武装といったこととも接触したこともあるし、70年代以降の社会運動ユニオニズムの前史を最も困難な時代に切りひらいた経験もあり、「連合」してゆく能力もある。)

 そして非正規労働運動を担い当初から内ゲバを批判し創意ある戦術を提起している若い層がある。多くの思想的論議・交流を経由しなくてはならない。そうした層との論議・交流も共産主義者協議会の課題だ。もちろん党は学生を含む全階層の中から作られるのだが。

 そうした意味で共産主義者協議会は、1921年のレーニンの一時的な「分派禁止」を固定したスターリンの一枚岩党批判ということや、新左翼も実質的にそれを踏襲してきたことを批判した。又ブントにおける「連合性」を止揚する我慢強さ・能力・組織(論)の欠如という問題ぬきの「連合だったからダメだった」といった考えへの批判を一つの契機としたことは、必然的な根拠があった。

 それはもちろんカオス的連合ということではない。多数派は指導する権利と責任があり、少数派は多数派になる努力をする義務があるということであり、理論・路線・実践によって証明してゆくということとしてある。

 その上で、民主集中制=分派の禁止、上級機関への下級機関の服従、社会主義のイデオロギーの外部注入・目的意識性・職業革命家の一面的強調といったスターリン主義的に理解されたレーニン主義なるものが批判される必要がある。(むしろカウツキー的外部注入・持ち込み論にたいし、目的意識性と自然発生性の相互関係ないし自然発生性の目的意識性への転化や全面的政治暴露との相互関係ということをレーニンは問題とした。あるいは党の中央集中を、各現場・領域の問題の集中と党の指導の可能化を通して作るということでもあった。そして一次ロシア革命・ソビエトの経験以降もあり、それは4月テーゼ等「戦術」の独自の展開となった。)

 それは又、党が「革命にとって必要」ということ一般ではなく、諸反政府運動の先進的活動家層が自己を二重化したもの―大衆運動の指導と運動の真の目標・終局の結果とに―であり、「前衛」なるものが両義性をもったものであるということの帰結でもあり、それは60年、70年を闘ってきたブントや新左翼の経験でもある。

 

ブントをめぐって

 

 われわれはブント諸派が再団結することを排除はしなが、共産主義運動の連合統一に従属するものとした。それは協議会がめざす左翼再編がブントにとどまらないということでもある。が同時に、ブントの政治闘争・萌芽的武装と国際主義や、社会変革、階級形成や、戦略戦術的志向や、一枚岩ならざる公然たる路線論争・理論闘争等党内闘争の経験の評価を前提した上で問題があるということである。即ち第二次ブントは第一次ブントの負の側面を総括しきれないまま進んだこと、スターリン主義的一枚岩ならざる組織を蓄積できなかったこと、その結果分裂をくりかえし・・・ということが念頭にある。イデオロギー的には国家・上部構造・社会や流通過程・生産力・資本と、労働過程との相互関係といった共産主義論をめぐっての不十分さということでもあった。

 そうした意味で、革命政党は、資本論―資本主義分析はもちろん帝国主義と民族植民地問題、現代帝国主義と多国籍企業・グローバリズムにおいても労働過程・(絶対的)相対的剰余価値生産ないしは相対的過剰人口といった事を基礎とするということである。

 

現代帝国主義―多国籍企業・グローバリズム

 

 そして現代帝国主義を、戦後的蓄積―フォードシステム(現代的な労働の実質的包摂と階層分化)ならびに大量生産・大量消費と結びついての生産性対応賃金・労使協定型労使関係・ケインズ主義とその破局として見るということなのである。それはもちろん安保・NATO、IMFを前提しての世界市場競争のもとでのことなのだが。そしてまた周辺・第三世界にたいする帝国主義国プロレタリアートの上層化という構造ということをも意味しているのであるが。(ここでの現代的な労働の実質的包摂とは現代的相対的剰余価値生産の意味であり、資本の下での大量生産―大量消費並びに自動車・電機等耐久消費財産業のもとでの、労働生産性基準下でのそれを意味する。すなわち労働過程の知識の資本による独占、科学技術の支配、生産手段の主導権化、分業の階層的編成、管理と位階位制と労働の単純化の発達、相対的過剰人口、といったことを資本の力に転化することによる労働者支配構造を意味している。市場・利潤を目的とす、労賃とひきかえでの他人労働支配・剰余労働支配といった絶対的剰余価値生産はもちろん前提である。)

 こうした構造が、1970年代末の帝国主義国過剰生産・過当競争・市場再分割戦激化と米英帝国主義の後退に直面した。そして米英での新自由主義的労働攻勢(首切り自由・非正規化・格差・・・)が一方にあった。他方には多国籍企業化と第三世界での原生的労働関係・農業分解の持込みがあった。

 そして帝国主義国では、新自由主義的労働攻勢において、こうした原生的労働関係・低賃金労働との競争といったことを武器としてきたわけである。そして病弊する労働者人民の生活に対し詐欺まがいの信用、ローンによる消費(住宅・自動車等)や軍事によって消費をかろうじて維持し、またそれによる経常収支赤字を通して日本・中国・世界の市場を維持してきた。ITバブルを経て、それらがはじけ、世界的金融破綻から過剰生産恐慌の入り口・泥沼的不況へと転化しているわけである。

 

戦後的生産力・生産様式の終焉

 

 この1920年代アメリカで始まった生産力・労働過程(フォードシステム)は、戦後60余年にわたって資本主義を維持し、あるいは戦後革命・労働運動と対抗してきた。が、過剰生産という意味でも、失業・格差・貧困という意味でも、労働者の文化・管理能力の発展への拮抗という意味でも、環境・資源問題という意味でも、解決できない矛盾へと直面した。社会主義―自主的意識的な労働と社会の運営と労働・管理・分配にわたる実質的平等―にゆずるしか解決はないだろう。もちろんそれは山あり谷ありの道だろうが。

 共産主義者協議会は、直接に党の統一を目指しているのではない。運動、戦線を拡大しつつそれぞれの力量を蓄積し、運動とその指導性を相互に共有・蓄積するのだということを意味している。

 もちろんブントの連合性の総括や、1921年分派禁止の例外的性格や、全人民的政治闘争・社会運動ユニオニズムということや多国籍企業・グローバリズムにおける労働関係・階層的編成や自己権力・ソビエトや、階級形成や戦略戦術的志向といった多くの共通前提があるのだが。その上で困難を克服し、あるいは左翼の大変動・再編でも責務を果たしてゆくであろう。

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